例外者たちの詩

那智タケシ  

★半人

 まだ正確に認識した者も、指摘した者もいないが、

 世の中には、半人という者たちがいる

 彼らの多くは、自分が半人であることに気付いていない

 それでいながら、

 注意深く、

 神経質に、

 臆病なまでに神経質に、

 人間たちから見つからないように

 怪しの気配を消して生きている

 しかし、魚が魚であることを認識しないように

 彼らは自分が半人であることに気付いていない

 彼らはただ、

 自分が人間未満であることを知るのみである

 

 半人は、人と話すことを好む

 時には、美味しいパン屋さんの話や、

 面白かった漫画の話や、

 天気の話などを好む

 どうでもいい話を好む

 どうでもいい話をして、人と交流することを好む

 しかし、彼らはその話をどうでもいいとは思っておらず

 世界を形成する空気を食べるように

 皆とたいそうなごちそうを食べていると思い込んでいる

 

 半人は、何が真実かを知っている

 どんな嘘でも見抜くし、

 どんな偽善も理解できるし、

 どんな隠された恐怖も感じることができる

 それゆえに、彼らの水晶のような無機質な瞳には

 いつも人の世の真実が映し出されている

 しかしある種の人々は、その瞳の中にあるものを見て、

 畏れ、

 おののき、

 不愉快になり、

 半人を遠ざけて排除する

 こうして、親しみを求める半人たちは、

 人の目に付かぬところで生きることになる

 

 半人は、いつも待っている

 誰かに声をかけられるのを待っている

 優しい言葉でなくてもいい

 ちょっとした用事でもかまわない

 彼らは嬉々として頼まれごとを遂行するだろう

 しかし、残念ながら半人は現実的な能力を持たない

 彼らは大抵の場合、上手くやることができず、

 失敗し、

 嘲られ、

 無用の者として、再び最下層に戻される

 

 半人は、個人的な欲望を持たない

 甘いものを食べたいとか、

 好きなテレビ番組を見たいとか、

 誰かに話しかけられたいとか、

 それくらいのものである

 社会的に何者かになりたいとか、

 成功したいとか、

 有名になりたいなどとはつゆとも思っていない

 むしろ、社会に埋没して、

 何者にもならずに皆と働き、黙々と奉仕することを好む

 しかし、彼らは偉大な夢を持っていることがある

 その偉大な夢は、

 全人類の平和であったり、

 真実の啓蒙であったり、

 時には、世界に鉄槌を下すことである

 

 半人は、自分の価値を知らないかと言えばそうではない

 彼らは、自分の価値を知っている

 決して、公言しないけれど、

 無意識以前の実存界において、

 世界の秘密を握っていることを自覚している

 自分が、神意のよりしろであることを自覚している

 そして時に、全自動の機械のように

 神がかりの行為をなすけれども、

 それはあまりに突拍子もない振る舞いを伴うので

 その神聖な権威は影に隠れ、

 奇怪さと滑稽さだけが目立つことになる

 

 こうして半人は自分の正しき力の奔出を恥じらい、

 否定し、

 自らを無用の存在として認識し、

 おどおどとうつむいて、裏路地を歩むことになる

 彼らは大抵自信を喪失しているが、

 彼らの胸に燃ゆる愛は、

 決して消え去ることはない


★革命の時

 半人半神であるがゆえに

 誰の目にも止まることなく

 誰にも声をかけられることなく

 誰にも注意されることも

 愛されることもない

 

 そんな存在が、この世の隅にいたとして

 小さな扁平の石を宝石のように握りしめて

 純なる源を守るために

 打ち震えながら

 誰にも通じぬ秘密の言葉で

 早口で祈っていたとして

 

 その黄金の価値を知られることなく

 この世の果てで

 どぶ川の溝の側の草むらで

 公衆トイレの落書きだらけの壁際で

 人知れず滅していくとして

 なかったことにされるとして

 

 それが世界の真相だとしたら

 それが世界の理(ことわり)だとしたら

 あなたはその世界の理を変えるために

 今、立ち上がらなくてはならない

 

 立ち上がったところで

 あなたを理解する者は誰一人いないかもしれないけれど

 それでもあなたは立ち上がり

 何か新しいことをなすべきなのだ

 革命者のように

 殉教者のように

 何か新しいことを……


★死を待つ人

 その青年は、死を待っていた

 確実に訪れるであろう自我の消失を

 一切の思い出の埋葬を

 いとおしむでもなく

 名残惜しむでもなく

 僅かな戸惑いの残滓を咀嚼し、

 夜の窓辺に溶かし込むように

 消し去るように

 一切を受け入れて、

 その青年は死を待っていた

 月光だけが寄り添うベッドの上で

 たった一人、

 終わりが来るのを待っていた

 

 その時、蒼い闇の中から

 花束を持った、背の高い女が現れた

 それは知らない女であった

 その目は、大きく見開かれていたけれど、

 絶望を宿しているのでもなく

 哀しみを宿しているのでもなく

 哀訴を浮かべているでもなかった

 その人は、機械人形のように

 薄暗い病室の中に黙って入って来て

 青年の傍らに立ち、

 わずかに首を傾げて、

 相手の顔を興味深げに覗き込むように

 まじまじと上から見下ろした

 そして、花束を枕元に置くと

 少しだけ微笑んだように見えた

 

 ぼくは死ぬのですか?と青年は尋ねた

 あなたは死なない、と女は答えた

 でも、死ぬのでしょう?

 あなたは死なない、と女は答えた

 死んだら何処に行くのですか?

 あなたは死なない、と女は答えた

 でも、最後に教えてください

 ぼくは今晩、死ぬのでしょう?

 あなたは死なない、と女は首を振って答えた

 私と一緒に行くのです

 

 女は、おもむろに手を差し伸べた

 細くて、長くて、骨ばった手だった

 青い月光に照らされて

 蝋細工のようになめらかに

 真白い肌がうるみを帯びた

 青年はその手をそっと取ると

 何かを諦めたように目を閉じた


★ガードマン

 とある空中都市の門番に、一人の男が雇われていた

 空中都市と言っても、空高く宙に浮かんでいるわけではない

 地面から僅か十五センチばかり浮遊しているだけであり

 階段一段またぐほどの高さである

 しかも、周囲は埋め立てられているので

 結局のところ空中都市でも何でもなく

 そこいらにある人工都市のようなものにしか見えず、

 それが宙に浮いていると知る者もいない

 都市の外で門番をしている彼のような偏屈者だけが

 埋立地の隙間から、その真実を知るのみである

 

 その門番は、時給千二百円のガードマンであった

 少しばかり時給が高いのは、彼が夜勤をしていたからである

 昼間に都市の中で寝て、夜は都市の外で門番をする

 それが彼の生活のすべてであり、

 つまるところ都市の外の夜の空間が、

 彼が目覚め、生活を営む本当の世界であった

 ちなみに彼はよれよれの制服に帽子を被っていたが、

 警棒は持っておらず、

 いつもポケットに手を突っ込んでいた

 

 ガードマン

 彼は喫煙者だった

 空中都市では煙草を吸う場所さえなかったが、

 門の外では自由に煙を吹かすことができた

 だからいつも彼はくわえ煙草で、

 まん丸の月を見上げながら、

 夜風に吹かれ、

 門の周囲や、外壁沿いを

 自由に散歩するのであった

 そう、自由に煙草を吸えて、外を歩き回れる

 これが彼がこの仕事を選んだ主だった理由であった

 

 ガードマン

 彼は門番であり、大抵の存在を通すことはできない

 なぜなら彼が守る門というのは、

 人ならぬ者が通るための門だからである

 それは妖怪の場合もあるし、

 天使の場合もあるし、

 魑魅魍魎の場合もあるし、

 時には神仏の類もあるが、

 許可証を持っていない限りは、門を通すことは許されていない

 それで大抵の場合は何の仕事もないので

 門の外の住人と挨拶をしたり、

 話をしたりして時間をつぶしているのだが、

 時には気まぐれに門を開けて

 中に入りたがっている者を入れてやることもある

 それは彼が、世の中の閉塞感を打ち破るために

 ちょうどよい頃合を図って勝手にやっていることである

 

 ガードマン

 そういうわけで、彼の仕事振りは評判が悪い

 煙草は吸いちらかすし、

 休憩時間は守らないし、

 門の前にいないこともあるし、

 勝手に開けることもある

 真面目な日勤の男とは大違いである

 ちなみに日勤の男はまず門を開けることはないし、

 仮に許可証を持っていても、

 怪しい存在は極力上司に報告して、

 難癖つけて通さないようにしているらしい

 そういうわけで、善男善女の類ばかり入れようとするのだが、

 そのことが空中都市のバランスを壊し、

 ちょっとした重荷を与えていることを

 それとなく知らせても頑是ないのだ

 

 ガードマン

 彼は空中都市では最下層の存在である

 学力もないし、

 特技もないし、

 金もなければコネもない

 社交性があるわけでもないし、

 友人もいなければ、どうやら恋人もいないらしい

 三十路を過ぎた根無し草のアルバイトとして

 無視され、

 軽んじられ、

 侮蔑されている存在である

 ちなみにその空中都市では様々な科学技術や

 道徳が発達していて、

 人々は明るい未来に向けて邁進しているのだった

 そんな世界に背を向けて、

 夜な夜な魑魅魍魎と会話をしているガードマンがいることを

 知っている者は誰もいない

 そもそも、そんな仕事に興味がある者もいないのだ

 

 ガードマン

 ある時、彼は、奇妙な存在と出遇った

 それは安全な都市の中から門の外に出たい、という珍しい存在で、

 青ざめた顔をしていたので、外に出してやったのだ

 それは男でも女でもなく

 若くも年寄りでもなく

 どんな人種でさえないように見えたが、

 「私は意識があることが気持ち悪い」とつぶやくと、

 大きな目を見開いて、どこかに歩み去ってしまった

 おそらく、その人は間違って都市の中に生まれてきてしまったのだろう

 少しばかり雑談したけれど、

 どうやら、外の世界とも別の、「無」の世界の人らしい

 これまで見た妖怪神仏ともまるで違った様子だったので

 世の中には、わけのわからぬ不思議なものがいるのだなぁ、と、

 驚いた次第である

 しかし、これが彼の日常のひとコマなのだ

 

 ガードマン

 夜が開け、世界が白み始めた時、彼の仕事は終わる

 気の合わぬ日勤の男と交代し、

 待合室に入ると、

 制服を脱ぎ、帽子を壁の釘にひっかけて

 ごく目立たぬ、地味な私服に着替える

 そして無精ひげを生やしたまま

 ふらふらと空中都市の中に入っていく

 門のすぐ側のコンビニに入り、

 朝飯を物色する

 給料日前なので、百円の菓子パンを二つと

 マルボロの8ミリをひと箱買って

 コンビニの袋をぶらさげながら

 まだ純粋な光に満たされた街路を歩き、

 彼は安宿へと帰って行った


★秘密主義者

 彼女は、小さなことを秘密にした

 どこに住んでいるとか、

 結婚しているかどうかとか、

 誕生日とか、

 学生時代のこととか、

 これまでどんな青春を送ってきたかとか、

 諸々のことを秘密にした

 だから、誰も彼女が何者かはわからなかった

 

 彼女は、一番大切なことをしゃべらなかった

 自分が愛している過去の思い出や、

 大事な人や、

 家族や、

 友人や、

 友人の裏切りや、

 彼女を信じていた人がいたことや、

 信じることをやめさせた経緯なども、

 決して話そうとしなかった

 だから、誰も彼女が何者かはわからなかった

 

 にもかかわらず、

 彼女は彼女自身でいることで、

 何一つ秘密にすることができなかった

 なぜなら、彼女は彼女であるだけで

 秘密そのものを生きていたからである

 彼女そのものが秘密だったからである

 だから誰もが、

 何一つ聞かなくとも、

 この人はそういう人なのだ、と

 ひと目で見ることができるのだった

 彼女がどれだけ自分のことを秘密にしても

 秘密はそのままでそこにあるので

 残念ながら、すべては白日の下にさらされているのだった

 

 小さな、かわいそうな秘密主義者

 彼女はまるで幼児のように

 自分の宝物を大人たちに見つからぬよう

 汚されぬよう

 侵されぬよう

 小さな引き出しの中に必死に隠し持ち、

 おびえながら、

 警戒しながら、

 世間の隅でひっそりと生きているが、

 そのあり方こそが秘密そのものなのだ

 

 しかし、彼女の秘密を知る者は、

 結局のところ誰もいない

 なぜなら、その秘密を解き明かすことは

 お天道様の下では容易なことではないからだ

 秘密というのは、

 光に照らされると見えなくなってしまうのである


★審神者(さにわ)

 この世界には、いろいろな役割の人間がいるものだ

 漁師だったり、農家だったり、

 職人だったり、役人だったり、

 商人だったり、教師だったり、

 世の中を潤滑に廻すために、

 相互扶助の関係を生み出すために、

 目に見える形で様々な仕事があり、

 因縁があり、

 役割があって、この世界は成り立っている

 けれどもその役割の中に、

 歯車の中に、

 一見、当てはまらない存在がいる

 どこにも当てはまるパーツがないし

 担うべき場所がないのだ

 しかし、そうした奇妙な存在なくしては、

 実は世の中は廻らない

 その目に見えない役割を担っている一人が、

 審神者である

 

 彼は、表立っては社会的役割を担っている

 しかし、それは「生きる」という義務によってであり、

 運命によってではない

 彼の運命は役割の中にではなく、

 いわば、役割の外にある

 なぜなら、その役割の外にいる存在たちこそが

 この世界の歯車を廻していることを知っているので

 彼は夜な夜な彼らの元に出かけ、

 語らい

 時に議論し、

 その意味不明な言語を必死に翻訳して

 わかりやすい形でこの世界に伝えるべく努力しているのである

 その目に見えない存在こそが、

 世界の不調和を指摘し、

 歪みを正し、

 調和的な大宇宙を実現するために

 盲目的に働いている不思議な人々だと知っているがゆえに

 

 審神者は、光と闇の間を生きている

 この世とあの世の間を行き来して、

 そのどちらの言語も理解する

 しかし、彼は半端者だから

 どちらの世界からも余所者として認識される

 もしかすると、哀れまれてさえいるかもしれない

 しかし、人からも神からも距離を置かれる余所者だからこそ

 できる役割というのがあるのである

 担うべき義務というものがあるのである

 

 永遠の余所者

 その自覚を持つ者だけが

 審神者になることができる

 そう、誰にも理解されぬことを恐れぬこと

 それが唯一のこの職業の資格なのだ


★例外者たち

 もしも極めて特殊な個人というものがあって

 もう一人の極めて特殊な個人と出会い

 極めて特殊な関係を作り

 極めて特殊な世界を持ち

 その特殊性ゆえに世界から忘れ去られ

 誰の目にも止まることがないままに

 誰一人知られることもなく

 ブロック塀の裏側で

 汚らしい四畳半の腐った畳の上で

 その特殊性を突き詰めてゆくとする

 するとその関係が

 いつしかこの世界それ自体を覆してしまうような

 強烈な

 確かな

 絶対的な真実の関係となっている

 そんなことはあるかもしれないし、ないかもしれない

 しかし重要なのは関係することであって

 それは絶対的に特殊な、一回きりのものなのだ

 そしてその絶対的に特殊であるということが

 万人に当てはまる真理だとしたら

 そこにもはや特殊という文字は存在せず

 偉大な神々たちだけがいることになる

 そんなことはありえるかもしれないし、ないかもしれない

 だが、今のところそれは

 例外者たちにしかありえないことで

 例外者は例外者であるがゆえに

 普遍になりえないのである

 今のところは


★蜘蛛のダンス

 人ならぬものたちが躍動する時刻

 一人、とぼとぼと萎びた葱畑の側を歩いていると

 奇妙なものを見た

 日本家屋の二階にオレンジ色の光

 薄っぺらいカーテンを透かして

 蜘蛛のように手足を広げ、くねらせ

 奇怪なダンスを踊っている者がいる

 地主の息子か何かだろうか

 それとも、閉じ込められたかわいそうな人か

 誰にも見られぬその牢獄で

 全身全霊の生命の表現を

 地獄の淵からのレジスタンスを

 カゲロウのように儚き、孤独な戦いを繰り広げていた

 さぁ、安心するんだ

 大丈夫、ちゃんと見ている者がいる

 きみの祈りは受け止めた

 きみの叫びは我が胸に届いた

 どちらにしろ、丑三つ時に葱畑の側を徘徊する

 名もなき行脚者

 ふと天を見上げると

 恐ろしいくらいに真っ白い満月が

 銀色の光を遍く照射しながら

 沈黙の中で我々を見つめていた


★優しい闇夜よ

 冷たい街灯も、いやらしいネオンもない

 誰も知らぬ、誰も通らぬ

 真夜中の裏路地を盲者のように歩いていると

 危うく、何ものかに躓きそうになった

 見れば、闇の吹き溜まりの中に

 一人の青年が丸くなって座っていた

 蔦に絡まれた貧乏アパートの

 汚らしい階段の前だった

 どうやら、眠っているのではないらしい

 フードを深く被っているものの

 その目はしかと見開かれ

 闇の向こうの虚空を見つめていた

 彼は、どんな光景を見ているのだろうか?

 優しい闇夜よ

 願わくば青年の中の暗黒が

 あなたのそれと溶け合って

 天蓋の星まで届かんことを


★きみたちはあまりにも素晴らしい存在なんだから

 とある夕暮れ

 みすぼらしい校庭のブランコに

 三、四人の少年、少女が寄り集い

 何やら秘密めいた

 楽しげな時を過ごしていた

 一人の少年が空を見上げ

 かわいい声で言った

 もう帰った方がいいのかな?

 彼らの頭上には暗雲が

 生き物のように蠢く巨大な影が

 地上の支配をもくろむかのように漂っていた

 もう帰った方がいいよ、と思う

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なんだから

 一人の少女が言った

 もう帰った方がいいよ

 少年は得意げに答えた

 雨が降っても大丈夫だよ

 少年の家が近いからだろうか?

 それとも傘を持っているからだろうか?

 でも、もう帰った方がいいよ

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なんだから

 ほら、雨が降り出した

 上空から風が降りてきた

 そしていつの間にか

 どこかからか現れたカラスの群れが

 大群が

 気流に乗って縦横無尽に旋回し始めた

 もう帰った方がいいよ

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なんだから