書評:余った傘はありません [単行本] 幻冬舎 (2012/7/19)  鳥居 みゆき (著)

高橋ヒロヤス  

鳥居みゆきについてはいつか書かねばと思っていた。というのも、僕がこのメルマガに関わるようになったのは鳥居みゆきの存在を抜きにしては語れないからだ。


僕は、突発的に特定の芸能人(最近ではAKB48など)に夢中になる傾向があり、ブログを作ってその時々の思いのたけを綴った雑文を書き散らしていた(今でもそれは続いている)。2008年から2009年にかけては鳥居みゆきを「発見」して夢中になり、毎日のようにブログに鳥居みゆきについての記事を書いていた。たとえばこんな感じだ(鳥居みゆきがインターネット動画をきっかけに騒がれ出した頃に書いたもの)。


(以下転載開始)


鳥居みゆきという女芸人がいる。元々はアングラのカルト芸人だったが、ここ数年はお茶の間にもずいぶん露出するようになってきて、そこそこの知名度はあると思う。


で、得た結論は、この子はちょっとすごいな、というもの。


この子は特殊なキャラを作らなくても十分やっていける才能があると思う。まずルックスが抜群。狂気を秘めたミステリアスな美貌は人を引き付ける。


それから頭の回転が半端じゃない。語彙が豊富で、発想の飛び方などセンスも良い。「戸塚ヨットスクール」とか「アイドル御三家」とかほんとに20代か?というような言葉のチョイスもユニーク。


芸人とのフリートークをみると、タイミングの取り方など絶妙だ。ただ、相手がついて来れなくて空回りしている部分がある。


「短所は?」と聞かれて「私タン塩は食えないんです」とこんな調子でボケまくるのだが、相手がついていけず拾ってもらえないことが多く、消化不良気味だった。


ピンでいるのは、彼女についてこれるレベルの相方が見つからないからではないか。爆笑問題の田中のようなフォロー役と組んでやることができれば、女版太田光になれるくらいのポテンシャルはあるとみた。


「父親の故郷秋田県で生まれ、埼玉県行田市で育つ。両親はファッション関係の仕事。

友達もいなくて、いじめられっ子だった小学校5年生の時、特殊学級に入れられる。そのクラスでもしゃべってくれる人がおらず、一人でぶつぶつ言って、官能小説を書いていた。


中学2年のとき、コンビニの裏でぼんやりしていたら、浪人生に声をかけられ、そのまま初体験。それ以来、男を恋愛対象として見ることができず、少なくとも22歳まで彼氏はおらず、初恋もなかった。


高校在学中に、簿記、工業簿記、珠算の資格を取る。福祉関係の仕事に進もうかと思ったが、昭和のいるこいるの漫才に感銘を受け、お笑いの道に進もうと決める。書きためていたノートの発表の場を求めて、1年間劇団に通う。


精神安定剤セパゾンをはじめ4種類の薬を常用し、心の静寂を保っている。

「対人恐怖症、アンテナ過敏症。人の目が気になって、被害妄想になるんです」


お笑いデビュー後も、ストレスからリストカットを繰り返す日々もあった。


「笑ってなんだよって悩むんです。人間が嫌いなのに人間を笑わすって、いいのかよ。媚び売ってるのかって」


「声出して笑う笑って好きじゃないんです。そこで笑ってくれなくていい。」


「無になりたい。魂と鳥居みゆきが一致してない感じなんですよ。富士の樹海、ちょっといってみたい気もするんですよ」


こういう壮絶な話を聞いても、なお彼女の芸には爆笑せずにはおれない。間断なく発せられる捻りの効いたギャグやナンセンスな駄洒落、自虐や嘲笑を織り交ぜた暴走トークには、レッドゾーンを軽々と振り切る痛快さがある。


しかし同時に、本当に笑っていいのだろうかという背徳感のようなものも時折感じさせる。こんな感覚を与えてくれる人には初めて遭遇した。


中島みゆきの深夜ラジオと絶好調時の松本人志の不条理コントを同時に視聴しているような感覚だ。しかもとびきりの美女ときている。


ジョン・ランドーというアメリカのロック評論家は、ある若いミュージシャンのライブを目撃したあと、「僕はロックンロールの未来を見た。その名前はブルース・スプリングスティーンという」という有名なコラムを書いたが、同様の言葉を鳥居みゆきに捧げたいと思う。


小3のときにクリシュナムルティの本を読んで影響を受けたそうだ。


(転載終わり)


そんなある日、新宿の本屋で『悟り系で行こう』という妙な本に出会う。表紙が鳥居みゆきのイラストでかなりぶっとんでおり、中身もクリシュナムルティと鳥居みゆきを「悟り系」として並列に論じるとんでもないものだった。


にもかかわらず著者の主張は基本的に非常に硬派で、その本の中身に感心した僕は、著者の那智タケシ氏に、彼のブログにコメントするという形で連絡を取り、実際に会うことになったのだが、彼が上記の私のブログを読んでいたということが分かりさらに驚愕した。せいぜい読者数が日に数十名の、素人の乱暴な感想を書き散らしただけの文章を読んでくれていただけでなく、これから発刊するメールマガジンに原稿を書いてほしいとの申し出まで受けたことから、今に至るという次第。


僕自身の鳥居熱(鳥居ンフルエンザ)の症状はすでに終わっており、とりたてて彼女の動きをチェックすることもなくなっていたのだが、今回、彼女が初の長編小説を出版するとあって、久しぶりに鳥居みゆきについて書こうと決意した。


というわけでやっと本題である新刊の書評に入る。ネタバレを避けるために、内容については極力触れないで行こうと思う。


ところでいきなり脱線すると、これを読む前になんとなく気づいていたのだが、鳥居みゆきは実は「お笑い芸人」には向いていないんじゃないだろうか。


彼女の本来の才能が発揮されるのは文学の分野ではないか。


今更こんなことを言うのもなんだが、正直、僕は鳥居みゆきの芸を見て「笑った」ことはない。特に地上波のテレビ番組に出るようになってからは、いつもハラハラしながら見ていたし、痛々しさを感じることの方が多かった。


彼女の存在は、テレビという虚飾に満ちた明るい舞台の中ではあまりにも異物感がありすぎた。


インターネット放送などで彼女のネタやトークを見ると、笑うというより感心した。彼女はダジャレやなぞかけやしりとりのような言葉遊びを好み、一人コントのネタの中でも多用する。それを見聞きするたびに、へえ、すごいな、そんな発想するんだ、という驚きの方が笑いに優っていた。


発想の突飛さという点ではダウンタウンの松本や爆笑問題の太田に通じるものがあるのだが、鳥居みゆきの場合はなぜか笑いよりも感心や驚きが先に立ってしまう。


彼女は今では、朝の情報番組で芸能レポーターを務めるなど、すっかりお茶の間の「バラエティタレント」として安定的な地位を築いている。本人は以前のインタビューでよく「いつでもアングラに戻ってやる」と発言していたが、今の安定的な状態を敢えて壊すつもりもないように見える。


『余った傘はありません』には、コントの台本のような章もあれば、情緒的なショート・ショートもあり、実にバラエティに富んでいる。


今回、『余った傘はありません』に含まれているコントの台本のような章を読みながら、太宰治のユーモア小説を読んでいるような気分になった。太宰治の『駆け込み訴え』のパロディーのような文体が一部に使われていて迫力がある。ただ惜しむらくは、文章の中の「お笑い芸人癖」(ネタ帳のような文体)が小説としての普遍性を削いでいるような気がしないでもない。


太宰治は小説家としては100年に1度の天才だが、お笑い芸人には絶対になれない。鳥居みゆきは文章の才能もあるし自分で演じることもできるが故に、かえってどちらの分野でも突きぬけられない不幸があるのではないか、と読みながらふと思った。


鳥居みゆきのコントや一人芝居は、ギャグの密度が高すぎて一度見ただけではすべて理解できず消化不良感が残る。が、文章で読むと、笑いへの配慮が細かい部分まで行き届いているのがよく分かる。


常識を逆転させるのが笑いの基本だから、人を笑わせるには人一倍常識がなくてはいけない。この小説を読んでいると、鳥居みゆきはまぎれもない常識人であるということがよく分かる。


これは決して批判的な意味で言うのではないのだが、私はこの鳥居みゆきの小説を読んで、「これは無我表現というよりは、すべて計算し尽くされた究極の自我表現ではないか」と思った。


鳥居みゆきは、知的障害者や精神病患者のようなキャラを演じることで、自らの過剰なエゴを覆い隠そうとしているのではないか。何も考えていないように振る舞いながら、実は物凄く色々なことを考えている。


彼女の小説は、非常に抽象的な表現形式を取ってはいるが、自我の泥沼の葛藤を描いたものであるという点で近代日本文学の系譜の上にある。私小説だけが自我表現ではないとしても、彼女の小説は、抽象度の高い私小説だ。


好感が持てるのは、最終的な自我の救いを用意しないことだ。自我の行きつく先には絶望と苦痛しか存在しないことへの確かな洞察がある。


鳥居みゆきは、もはやライフワークと言ってもよい、年1回位のペースで行われる単独ライブで、単なるお笑いの域を超えた、お笑いと不条理劇をミックスしたような独自の世界を築き上げつつある。


結論。彼女は小説家として成功するだけの天分を確かに持っているが、鳥居みゆきの多彩な才能は、小説家だけにしておくのはやはりもったいないと思う。