アラスカ便り 第3回 アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―

長岡マチカ(文化人類学を学び、現在、アラスカ在住)  

「笑うパンプキン」


まだ日の昇らないミッドタウンの交差点でブレーキを踏む。信号機の赤色に照らされたフロントガラスに白い小さな粒があたる。目を凝らして顔を近づけると、「あっ、雪!」と後ろから子ども達の叫び声。初雪。丸く霙のような雪、多分積もる前に解けてしまうだろう。空から降りてくるいくつもの粒がヘッドライトを浴びキラキラと舞っている。子ども達は車窓に額をくっつけて大はしゃぎ。長い冬を終える頃には雪が解けるのをあれほど待ち望むのに、こうして初雪を前にすると不思議と皆で祝いたいような気持ちになる。

初雪の頃、店先にはオレンジ色が溢れている。ハロウィンや感謝祭をイメージしたデコレーション。パンプキンが山積みになった周りには人だかりができる。上から少しつぶしたようなものや、背伸びをしているようなパンプキンもある。人々はいくつか手にとり持ち上げたり回したりしながら「よしこれだ」と頷きショッピングカートに入れていく。「この表面はちょっとへこみすぎだね」「こちら側は傷があるけれど反対側はこんなに滑らか」、子ども達と相談の末、今年は幼児が抱きかかえてちょうど両手が届くほどの大きさのもの、そしてそれよりは少し小さめのもの、そんな二つのパンプキンを手に入れた。

ケルトの収穫感謝祭を起源とするハロウィン、ここアラスカでも子ども達が最も楽しみとする行事の一つとなっている。民家の前庭にはパンプキンを彫った「ジャックオーランタン」の他にも黒猫、お化け、蜘蛛、魔女、墓などをイメージしたオブジェが並ぶ。「今年のコスチュームどうする?」そんな会話があちらこちらから聞こえる。子ども達は骸骨やお化けなどのちょっと怖そうなものから、プリンセスやアニメのキャラクターや着ぐるみの動物など可愛らしいものまで思い思いのコスチュームに身を包み、「お菓子くれないと悪戯しちゃうよ!(Trick or Treat)」と叫びながら家々を回る日を指折り数えて待っている。

ハロウィンに向け街中の熱が高まる頃、パンプキンを彫った。床に新聞紙を敷きナイフを並べる。まずはヘタの部分を切る。パカッっとふたをはずすように持ち上げると、つんと生臭い湿った匂いが空気に漂う。パンプキンの空間に手を入れ、外側より少し明るいオレンジ色をした果肉に張り付いた筋や種を取り出していく。ぬるぬるとしてしばらくすると手が痒くなる。種は洗いオリーブ油と塩を絡めオーブンへ。「何だかこのパンプキン笑ってるみたいだね」子ども達が言い合っている。しばらくパンプキンを前にどう彫っていこうかと話し合った後、口を固く結び力を込め表面にナイフの先を突き刺す。ゆっくりと手を動かしていく。固い表面、少しの長さを彫るだけでもかなり時間がかかる。焼きあがったばかりの種を口に放り込んでは休憩し、また彫る。

パンプキンの表面に徐々に浮かび上がってくる顔を見つめながら、15年前に先住民の村で出会った仮面彫りの男性を思い出した。彼は海岸から流木を持ち帰っては仮面を彫っていた。小さな部屋の壁には彼の作品が並んでいる。木片にじっと向き合い、頷いては彫る。シャッシャッと茶褐色の木面を削る音が部屋に響く。

「何になるのかはこの流木が知っている。私はこの流木の教えるとおりに彫っていくだけだ」

そう彼は静かに言った。森羅万象全てのものに、形を超えた「魂」や「霊」のようなものが宿っている、先住民の人々は以前そう信じていた。今はほとんどがキリスト教徒の村人たちのなかで、この仮面彫りの男性はそんなアニミズム的な世界観の中に暮らしていた。

「感覚を澄ましてごらん、周りにあるあらゆるものが語りかけてくる」

彼は木片から顔を上げ窓の外に広がる水平線を見つめながらそう言った。

「できた!」子ども達が嬉しそうに叫んでいる。目の前にパンプキンが笑っている。もうすっかり暗くなった夜の玄関先に並べ内にキャンドルを灯してみる。暗闇の中で耳を澄ますと、炎に照らされたパンプキンの笑い声が聞こえるような気がした。